蓮華草のブログ

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)

スッタニパータで学ぶパーリ語 87 (173-175.)

173.

"Ko sū'dha taratī oghaṃ, ko'dha tarati aṇṇavaṃ,

誰か 実に/此界に 渡る 暴流を 誰か/此界に 渡る 海を

appatiṭṭhe anālambe ko gambhīre na sīdati"

寄る辺無き 支え無き 誰か 深甚なるに 否 没す

(「誰か実に此界に暴流を渡る。誰か此界に海を渡る。寄る辺無く支え無き深甚に誰か没せざる」)

「この世において誰が激流を渡るのでしょうか? この世において誰が大海を渡るのでしょうか? 支えなくよるべのない深い海に入って、誰が沈まないのでしょうか?」

 ko: ka の nom. sg. m.*1

  ka: pron. inter. 誰? 何?

 sū'dha: su + idha*2

  su: adv. =ssu, assu, si, sudaṃ, sa, assa  か, かどうか; まさに, 実に

  idha: =idhaṃ  adv. ここに, 此界に

 taratī: =tarati  [√tar(a), Sk. tṛ] 渡る, 度脱す, こえる, 横切る

  oghaṃ: ogha の acc. sg.

   ogha: m. 暴流, 流, 洪水

 ko'dha: ko + idha*3

 aṇṇavaṃ: aṇṇava の acc. sg.

  aṇṇava: n. 海, 海洋, 河

 appatiṭṭhe: appatiṭṭha の loc. sg. m.

  appatiṭṭha: a. [a-patiṭṭhā*4] 住立せざる; 足場なき, 無底の, 無拠の

   a-: pref. 否定を示す. 無, 非, 不

   patiṭṭhā: f. [paṭi-thā*5] 依止, 依所, 足場

    paṭi-: pref. prep. 反対に, 戻して, 逆方向に, 戻って, 返して, 向かって, 近くに*6

    √thā: [Sk. sthā] 立つ, 立ち止まる, 存在する, ある状態でいる

 anālambe: anālamba の loc. sg. m.

  anālamba: a. [an-ālamba] 支持なき, 依止なき

   an-: =a-  pref. 否定を示す. 無, 非, 不. 母音の前では an となる

   ālamba: m. [ā-lamba] 支持, 鐃鼓

    ā-: pref. へ, で, に向かって, の近くに, までに, の限り, から離れて, じゅうに*7

    lamba: a. [lamb-a] 下垂の, 懸れる

     √lamb: 懸かる, 吊り下がる, 垂れる

     -a: 名詞・形容詞を形成する*8

 gambhīre: gambhīra の loc. sg. m.

  gambhīra: a. 深き, 甚深の

 na: adv. なし

 sīdati: [√sad, Sk. śad]*9 沈む, 没す

 

174.

"Sabbadā sīla-sampanno paññavā susamāhito

 常に   戒を具足せる 智慧ある よく心を統一せる

ajjhatta-cintī satimā oghaṃ tarati duttaraṃ.

内省せる   具念の  暴流を 渡る 渡り難き

(「常に戒を具足し、智慧あり、よく心を統一し、内省し、具念の者が、渡り難き暴流を渡る。)

「常に戒(いましめ)を身にたもち、智慧あり、よく心を統一し、内省し、よく気をつけている人こそが、渡りがたい激流を渡り得る。

 sabbadā: adv. [sabba-dā] 一切時に, 常に

  sabba: a. n. 一切の, すべて, 一切のもの

  -dā: 時間を表す副詞を形成する*10

 sīla-sampanno: sīla-sampanna の nom. sg.

  sīla-sampanna: 戒を具足せる, 具戒者

   sīla: n. [sīl-a] 戒, 戒行, 習慣, 道徳

    √sīl(a): [Sk. śīl] 瞑想する, 熟慮する, 帰依する, 行ずる

   sampanna: a. [sampajjati の pp.]*11 具足せる, 成就せる

    sampajjati: [sam-pajjati] 起る, なる, 成功す

     sam-: =saṃ-  pref. 共に, 沿って, 充分に, 完全に*12

     pajjati: [√pad(a)]*13 歩く, 行く; 落ちる

 paññavā: paññavant の nom. sg. m.*14

  paññavant: a. [pañña-vant] 智慧ある, 智慧者

   pañña: a. [pa-ñā*15-a] 慧ある, かしこき, 智慧者

    pa-: pref. 前に, 先に, 強意. 始動を意味する*16

    √ñā: =jñā, jā  知る

   -vant: 所有形容詞を形成する*17

 susamāhito: susamāhita の nom. sg. m.

  susamāhita: a. [su-samāhita] よく定置(統一)せる

   su-: pref. よき, 善き, 良き, 妙(たえ)なる, 易き, 極めて

   samāhita: a. m. [samādahati の pp.]*18 定置せる, 入定せる, 入定者, 等持者, 得定者

    samādahati: =samādheti  [saṃ*19-ādahati] 定める, 置く, (心を)統一する

     saṃ-: =sam-  pref. 共に, 沿って, 充分に, 完全に. 強意*20

     ādahati: [ā-dahati] 置く

      dahati: [√dhā]*21 置く, 定める, 整える

 ajjhatta-cintī: ajjhatta-cintin の nom. sg. m.*22

  ajjhatta: a. [adhi-atta*23] 自の, 内の, 個人的な

   adhi-: pref. 上に, ついて, 増上*24

   atta: =attan  m. [Sk. ātman] 我, 自己, 我体

  cintin: a. [cint-in] 思念ある, 思考ある

   √cint(a): [Sk. cit] 認識する, 見る, 気付く, 観ずる, 知る, 理解する

   -in: 所有形容詞・名詞を形成する*25

 satimā: satimant の nom. sg. m.*26

  satimant: a. [sati-mant] 具念の, 有念者

   sati: f. [sar*27-ti] 念, 憶念, 記憶, 正念

    √sar(a): [Sk. smṛ] 念ずる, 熟慮する

    -ti: 女性動作・動作主名詞を形成する*28

   -mant: =mat  所有形容詞を形成する*29

 duttaraṃ: duttara の acc. sg. m.

  duttara: a. [du-tara*30] 渡り難き

   du-: pref. 悪き, 難き

   tara: a. [tar-a] 渡る, 度脱の

    √tar(a): [Sk. tṝ] 渡る, こえる, 浮く, 泳ぐ

 

175.

Virato kāma-saññāya sabba-saṃyojan'ātigo

離れたる 欲楽の想念より 一切の結縛を超えたる

nandī-bhava-parikkhīṇo, so gambhīre na sīdati."

喜悦の有を消尽せる    其は 深甚なるに 否 没す

(欲楽の想念より離れ、一切の結縛を超越し、喜悦の有を消尽せる者、そは深甚に没すること無し」)

愛欲の想いを離れ、一切の結び目(束縛)を超え、歓楽による生存を滅しつくした人──、かれは深海のうちに沈むことがない。」

 virato: virata の nom. sg. m.

  virata: a. [viramati の pp.]*31 離れたる, 慎しめる

   viramati: [vi-ramati] 離れる, 止める, 慎しむ

    vi-: pref. ばらばらに, 離れて, ~なしに. 分離, 相違, 分散を意味する. 強意*32

    ramati: [√ram(u)] 楽しむ, 喜ぶ

 kāma-saññāya: kāma-saññā の abl. sg.*33

  kāma: m. n. [kam*34-a] 欲, 愛欲, 欲念, 欲情, 欲楽

   √kam(u): 欲す, 楽しむ

  saññā: f. [saṃ*35-ñā] 想, 想念, 概念, 表象

 sabba-saṃyojan'ātigo: sabba-saṃyojan'ātiga の nom. sg. m.

  sabba-saṃyojan'ātiga: sabba-saṃyojana-atiga*36

   saṃyojana: =saññojana  n. [saṃ-yuj*37-ana] 結, 繫縛, 結縛

    √yuj(a): 結合, 専心, 抑制, 慎み, 観行

    -ana: 名詞・形容詞を形成する*38

   atiga: a. [ati-ga] 超えたる, 打ち勝てる

    ati-: pref. 超えて, 横切って, 上に, 過ぎ去って, 非常に, とても (超過を表す)*39

    -ga: [<gam] 主に形容詞を形成する*40

 nandī-bhava-parikkhīṇo: nandī-bhava-parikkhīṇa の nom. sg. m.

  nandī-bhava-parikkhīṇa: 歓喜渇愛の有を遍尽せる=阿羅漢

   nandī: nandi f. [nand-ī] 歓喜, 悦喜

    √nand(a): 喜び, 満足

    : 女性名詞を形成する*41

   bhava: m. [bhū-a*42] 有, 存在, 生存, 繁栄, 幸福

    √bhū: ある, 存す

   parikkhīṇa: a. [parikkhīyati の pp.]*43 消尽した, 滅尽した

    parikkhīyati: [pari-khī*44]*45 消尽す, 滅尽す

*1:『実用パーリ語文法』疑問代名詞 316.

*2:同上, 母音連声 20.

*3:同上

*4:同上, 子音連声 33.

*5:同上

*6:同上, 動詞接頭辞 516. pati, paṭi

*7:同上, 動詞接頭辞 516. ā

*8:同上, 一次派生 576. a

*9:同上, 不規則動詞 404.

*10:同上, 代名詞の派生語 345.

*11:同上, 受動完了分詞 459.

*12:同上, 動詞接頭辞 516. saṃ

*13:同上, 第三活用 374.

*14:同上, vat/vant で終わる形容詞 230.

*15:同上, 子音連声 33. 同左, 母音連声 17.

*16:同上, 動詞接頭辞 516. pa

*17:同上, 二次派生 581. vat/vant

*18:同上, 受動完了分詞 452. 注意

*19:同上, ニッガヒータ連声 42.

*20:同上, 動詞接頭辞 516. saṃ

*21:同上, 不規則動詞 404.

*22:同上, in で終わる形容詞 210.

*23:同上, 母音連声 27. (a) 同左, y の同化 74 (ii)

*24:同上, 動詞接頭辞 516. adhi

*25:同上, 一次派生 in

*26:同上, mat/mant で終わる形容詞 228.

*27:同上, r の同化 81.

*28:同上, 一次派生 ti

*29:同上, 二次派生 581. mat/mant

*30:同上, 子音連声 33.

*31:同上, 受動完了分詞 456.

*32:同上, 動詞接頭辞 516. vi

*33:同上 ā で終わる女性名詞 127.

*34:同上, 強調 105.

*35:同上, ニッガヒータ連声 39.

*36:同上, 母音連声 19.

*37:同上, 強調 105.

*38:同上, 一次派生 ana

*39:同上, 動詞接頭辞 516. ati

*40:同上, kvi 接尾辞 584. ga

*41:同上, 名詞の女性語基 172.

*42:同上, 強調 110.

*43:同上, 受動完了分詞 461.

*44:同上, 子音連声 33.

*45:同上, 第三活用 374.