173.
"Ko sū'dha taratī oghaṃ, ko'dha tarati aṇṇavaṃ,
誰か 実に/此界に 渡る 暴流を 誰か/此界に 渡る 海を
appatiṭṭhe anālambe ko gambhīre na sīdati"
寄る辺無き 支え無き 誰か 深甚なるに 否 没す
(「誰か実に此界に暴流を渡る。誰か此界に海を渡る。寄る辺無く支え無き深甚に誰か没せざる」)
「この世において誰が激流を渡るのでしょうか? この世において誰が大海を渡るのでしょうか? 支えなくよるべのない深い海に入って、誰が沈まないのでしょうか?」
ko: ka の nom. sg. m.*1
ka: pron. inter. 誰? 何?
sū'dha: su + idha*2
su: adv. =ssu, assu, si, sudaṃ, sa, assa か, かどうか; まさに, 実に
idha: =idhaṃ adv. ここに, 此界に
taratī: =tarati [√tar(a), Sk. tṛ] 渡る, 度脱す, こえる, 横切る
oghaṃ: ogha の acc. sg.
ogha: m. 暴流, 流, 洪水
ko'dha: ko + idha*3
aṇṇavaṃ: aṇṇava の acc. sg.
aṇṇava: n. 海, 海洋, 河
appatiṭṭhe: appatiṭṭha の loc. sg. m.
appatiṭṭha: a. [a-patiṭṭhā*4] 住立せざる; 足場なき, 無底の, 無拠の
a-: pref. 否定を示す. 無, 非, 不
patiṭṭhā: f. [paṭi-thā*5] 依止, 依所, 足場
paṭi-: pref. prep. 反対に, 戻して, 逆方向に, 戻って, 返して, 向かって, 近くに*6
√thā: [Sk. sthā] 立つ, 立ち止まる, 存在する, ある状態でいる
anālambe: anālamba の loc. sg. m.
anālamba: a. [an-ālamba] 支持なき, 依止なき
an-: =a- pref. 否定を示す. 無, 非, 不. 母音の前では an となる
ālamba: m. [ā-lamba] 支持, 鐃鼓
ā-: pref. へ, で, に向かって, の近くに, までに, の限り, から離れて, じゅうに*7
lamba: a. [lamb-a] 下垂の, 懸れる
√lamb: 懸かる, 吊り下がる, 垂れる
-a: 名詞・形容詞を形成する*8
gambhīre: gambhīra の loc. sg. m.
gambhīra: a. 深き, 甚深の
na: adv. なし
sīdati: [√sad, Sk. śad]*9 沈む, 没す
174.
"Sabbadā sīla-sampanno paññavā susamāhito
常に 戒を具足せる 智慧ある よく心を統一せる
ajjhatta-cintī satimā oghaṃ tarati duttaraṃ.
内省せる 具念の 暴流を 渡る 渡り難き
(「常に戒を具足し、智慧あり、よく心を統一し、内省し、具念の者が、渡り難き暴流を渡る。)
「常に戒(いましめ)を身にたもち、智慧あり、よく心を統一し、内省し、よく気をつけている人こそが、渡りがたい激流を渡り得る。
sabbadā: adv. [sabba-dā] 一切時に, 常に
sabba: a. n. 一切の, すべて, 一切のもの
-dā: 時間を表す副詞を形成する*10
sīla-sampanno: sīla-sampanna の nom. sg.
sīla-sampanna: 戒を具足せる, 具戒者
sīla: n. [sīl-a] 戒, 戒行, 習慣, 道徳
√sīl(a): [Sk. śīl] 瞑想する, 熟慮する, 帰依する, 行ずる
sampanna: a. [sampajjati の pp.]*11 具足せる, 成就せる
sampajjati: [sam-pajjati] 起る, なる, 成功す
sam-: =saṃ- pref. 共に, 沿って, 充分に, 完全に*12
pajjati: [√pad(a)]*13 歩く, 行く; 落ちる
paññavā: paññavant の nom. sg. m.*14
paññavant: a. [pañña-vant] 智慧ある, 智慧者
pañña: a. [pa-ñā*15-a] 慧ある, かしこき, 智慧者
pa-: pref. 前に, 先に, 強意. 始動を意味する*16
√ñā: =jñā, jā 知る
-vant: 所有形容詞を形成する*17
susamāhito: susamāhita の nom. sg. m.
susamāhita: a. [su-samāhita] よく定置(統一)せる
su-: pref. よき, 善き, 良き, 妙(たえ)なる, 易き, 極めて
samāhita: a. m. [samādahati の pp.]*18 定置せる, 入定せる, 入定者, 等持者, 得定者
samādahati: =samādheti [saṃ*19-ādahati] 定める, 置く, (心を)統一する
saṃ-: =sam- pref. 共に, 沿って, 充分に, 完全に. 強意*20
ādahati: [ā-dahati] 置く
dahati: [√dhā]*21 置く, 定める, 整える
ajjhatta-cintī: ajjhatta-cintin の nom. sg. m.*22
ajjhatta: a. [adhi-atta*23] 自の, 内の, 個人的な
adhi-: pref. 上に, ついて, 増上*24
atta: =attan m. [Sk. ātman] 我, 自己, 我体
cintin: a. [cint-in] 思念ある, 思考ある
√cint(a): [Sk. cit] 認識する, 見る, 気付く, 観ずる, 知る, 理解する
-in: 所有形容詞・名詞を形成する*25
satimā: satimant の nom. sg. m.*26
satimant: a. [sati-mant] 具念の, 有念者
sati: f. [sar*27-ti] 念, 憶念, 記憶, 正念
√sar(a): [Sk. smṛ] 念ずる, 熟慮する
-ti: 女性動作・動作主名詞を形成する*28
-mant: =mat 所有形容詞を形成する*29
duttaraṃ: duttara の acc. sg. m.
duttara: a. [du-tara*30] 渡り難き
du-: pref. 悪き, 難き
tara: a. [tar-a] 渡る, 度脱の
√tar(a): [Sk. tṝ] 渡る, こえる, 浮く, 泳ぐ
175.
Virato kāma-saññāya sabba-saṃyojan'ātigo
離れたる 欲楽の想念より 一切の結縛を超えたる
nandī-bhava-parikkhīṇo, so gambhīre na sīdati."
喜悦の有を消尽せる 其は 深甚なるに 否 没す
(欲楽の想念より離れ、一切の結縛を超越し、喜悦の有を消尽せる者、そは深甚に没すること無し」)
愛欲の想いを離れ、一切の結び目(束縛)を超え、歓楽による生存を滅しつくした人──、かれは深海のうちに沈むことがない。」
virato: virata の nom. sg. m.
virata: a. [viramati の pp.]*31 離れたる, 慎しめる
viramati: [vi-ramati] 離れる, 止める, 慎しむ
vi-: pref. ばらばらに, 離れて, ~なしに. 分離, 相違, 分散を意味する. 強意*32
ramati: [√ram(u)] 楽しむ, 喜ぶ
kāma-saññāya: kāma-saññā の abl. sg.*33
kāma: m. n. [kam*34-a] 欲, 愛欲, 欲念, 欲情, 欲楽
√kam(u): 欲す, 楽しむ
saññā: f. [saṃ*35-ñā] 想, 想念, 概念, 表象
sabba-saṃyojan'ātigo: sabba-saṃyojan'ātiga の nom. sg. m.
sabba-saṃyojan'ātiga: sabba-saṃyojana-atiga*36
saṃyojana: =saññojana n. [saṃ-yuj*37-ana] 結, 繫縛, 結縛
√yuj(a): 結合, 専心, 抑制, 慎み, 観行
-ana: 名詞・形容詞を形成する*38
atiga: a. [ati-ga] 超えたる, 打ち勝てる
ati-: pref. 超えて, 横切って, 上に, 過ぎ去って, 非常に, とても (超過を表す)*39
-ga: [<gam] 主に形容詞を形成する*40
nandī-bhava-parikkhīṇo: nandī-bhava-parikkhīṇa の nom. sg. m.
nandī-bhava-parikkhīṇa: 歓喜渇愛の有を遍尽せる=阿羅漢
nandī: nandi f. [nand-ī] 歓喜, 悦喜
√nand(a): 喜び, 満足
-ī: 女性名詞を形成する*41
bhava: m. [bhū-a*42] 有, 存在, 生存, 繁栄, 幸福
√bhū: ある, 存す
parikkhīṇa: a. [parikkhīyati の pp.]*43 消尽した, 滅尽した