蓮華草のブログ

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)

地道な破壊活動 #1 二重寸法の嵐はなぜ吹き荒れたのか

 製図法の基本として、例えばある部品に一つ穴を開けるとして、全体寸法と左端からの距離を記入した場合は右端までの距離は入れないか、括弧でくくって参考寸法としなくてはならないことになっている(二重寸法の禁止)。こうしておかないと、作る側はどちらを優先すればいいのかその設計意図が分からず、また仮に全体寸法の普通公差が ±0.3mm で穴から両端までのそれが ±0.2mm であった場合、全体では ±0.4mm となり矛盾が生じ、検査員も困ることになる。そもそも見づらくて仕方がない。ではそのような基本がどこでも守られているかというとそんなことはなく、所によっては二重寸法の嵐が吹き荒れている。ある所でそれを指摘したところ、それは板金製品だったが、レーザー板金を使うからよいと言う。これには驚いた。

 板金加工には大きく分けて三つある。一つ目はシャーリングで、これはいわば大きなハサミで切断するようなもの。最も簡便で極力この方法で加工すべきだが、精度が悪く通り(直線)も出にくい。自分が関わったものでは、ひどい時には 1mm 以上狂い、バリも激しかった。そのため、この方法で製作するには設計段階でその誤差を吸収できるように工夫する必要がある。

 次に来るのがタレパン(タレットパンチプレス)で、これは打ち抜き加工で切断し、丸穴や楕円などを自動で開けられ精度も高く、サイズにもよるが、誤差はおそらく 0.5mm 以下でバリも少ないが、NC制御のためプログラミングが必要で、シャーリングと比べ手間暇がかかる。

 そして最後に来るのがレーザー板金で、昔に聞いた数値では誤差 0.2mm 以下の精密加工が可能。複雑な曲線も加工できるが、さらに手間とコストがかかる。前出のレーザーで加工するからよいといった製品にはそのような精度は必要なく、シャーリングとタレパンで十分なもので、もし本当にレーザー板金で製作されていたとすれば、とんでもなく無駄なことをしていたことになる。

 このことがあった以前に、別の所で残余の寸法を括弧でくくって参考寸法にしていたところ、「何でこんなことをしているの?」とニヤニヤ笑いながら言って来る者がいた。何言ってんだとその時は気にもしなかったが、最近になってある疑惑が湧いてきた。少し前に、バスやトラックの運転手がエンジンブレーキを使わずフットブレーキを多用して、べーパーロックかフェード現象を起こし、ブレーキが効かなくなったことによって連続して事故が起こった。またその後には、トラックのタイヤが脱落して人を殺傷する事故も続いた。この原因はタイヤを固定するナットの締め過ぎによりボルトが折れたことにあるらしい。これらは実は破壊活動(サボタージュ)によるものだったのではないか。つまり、「エンジンブレーキを使う奴はバカだ」とか、「適正トルクがどうのこうの言う奴はアホだ」などと、基本中の基本を否定する誤った認識や風潮を広めていた連中がいるのではないか。というのは、実際に、「エンブレを使うと燃費が悪くなる」と言っていた者もいたし、「ナットの締め過ぎなどということはない(締め付ければ締め付けるほど良い)」と言っていた者もいた。だとすれば、こうした地道な破壊活動が実を結び、死ななくともよい人々が死んでいったことになる。

 他に、これは破壊活動だったのではと思われることを挙げておく。一つ目には、何かあった時には、とにかく怒らなければいけないというもの。これもバカげた話で、何かあるたびに感情的になってもしょうがない。これが浸透すると、穏やかだった職場にも怒号が飛ぶようになり、原因究明はされず、対策も講じられない。二つ目には、とにかく厳しくしろというものがあり、たとえ僅かと雖も誰かに瑕疵があった場合には、厳しく叱責し罵り倒したり、或いは嫌がらせをし続けたりするなど。事の軽重を判断できない者がこれをやりだすと手が付けられない。このような習慣を定着させれば、遺恨が残り対立が生じて足の引っ張り合いが始まり、また特に要職にあるものは鬱になったり、或いはバカバカしくなって去っていく。このようなことを続けさせれば、日本企業の力を殺いでいくことができる。

 ここで一つ断っておかなけらばならないのは、こうした破壊活動をしている人々の大半は、単に使われているだけの自覚なき破壊者であるということ。破壊者集団に取り込まれていたり、SNSを通じて教唆・使嗾されていた例もある。

 このような破壊活動を防ぐために参考となると思われるのは、CIA の前身である OSS が作成したサボタージュ・マニュアル(Simple Sabotage Field Manual)というものだ。書籍も刊行されているので、会社経営者や組織の責任者の方などは読んでおいた方がいい。ネットにも数多く紹介されているのでここに一つ挙げておく。ここでは特に「組織内にコンフリクトをつくり出せ」「士気をくじけ」の項目は、全くその通りであった。

 話を元に戻す。板金加工の場合、鋳物やプレスなどの型物の製品と比べ精度も強度も通りも出にくいため、要所要所、角パイプなどで補強し、通りを出してやる必要があるが、前出の担当者はこうしたことも理解してはいなかった。そしてその者はコストダウンを任されていたが、そのような仕事は、図面を見ればなぜそうなっているのか理解できるだけの見識と、限界を見きわめる能力が必要となる。そしてそれは、例えば一定荷重でたわみ量が ○○mm 以下であれば大丈夫であるなど具体的な根拠に基づいたものであり、またその数値は過去の実績によって実証されたものでなければならない。たわみ量の計算方法も知らぬ者に務まるような仕事ではないのだ。そのような者にこのような仕事を任せること自体、立派な破壊活動となる。

 先日ダイハツの不祥事が話題になったが、元兇となった役員は工程管理に関しては素人だったのではないのか。常識的に考えれば、万一に備えて工程にはある程度余裕が必要であろう。或いは、破壊者そのものであったか。企業にも防諜部門を設置する必要があるのかも知れない。当然、そこに破壊者が浸透してくることも考慮しなければならない。