蓮華草のブログ

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)

東條英機宣誓供述書 #22 十二月一日の御前会議

 一一五、前に屢々(しばしば)述べた如く一九四一年 (昭和十六年) 十一月五日の御前会議に於ては一方日米交渉を誠意を以て進めると共に、他面作戦準備は大本営より具体的に進められることとなりました。斯くして米国の反省を求め、外交の妥結を求めんとしたのでありましたが、十一月二十六日に至り米国の最後通牒に接し我が国としては日米関係はもはや外交折衝によっては打開の道なしと考えました。このことは前にも述べた通りであります。以上の経通を辿(たど)ってここに開戦の決意を為すことを必要としたのであります。

 これがために開かれたのが十二月一日の御前会議であります。

 この会議には連絡会議の出席者の外、政府側よりは全閣僚が出席しました。この会議では従前の例により御許しを得て私が議事進行の責に当りました。当日の議題は、

 「十一月五日決定の帝国国策遂行要項に基く対米交渉遂に成立するに至らず帝国は米英国に対し開戦す」(法廷証第五八八号の末尾) 

 というのでありました。劈頭(へきとう)私は総理大臣として法廷証第五八八号の如き (英文記録二六〇七二号) 趣旨を述べそれより審議に入ったのであります。東郷外相よりは日米交渉のその後の経過に就き法廷証第二九五五号英文記録二六〇七四の如き報告を致しました。

 永野軍令部総長は大本営両幕僚長を代表して作戦上の立場より脱明せられました。その要点は私の記憶によれば次の通りであります。(一) 米英蘭その後の軍備は益々増強せられておる。重慶軍は強力なる米英側の支援を受けて益々交戦継続に努力しておる。米英主脳者の言動によれば米英側は既に戦意を固めておるものと思われる。(二) 陸海軍は前回の御前会議 (十一月五日) の決定に基き戦争準備を進め今や武力発動の大命を仰ぎ次第作戦行動に移り得る態勢にある。(三) ソ連に対しては厳重に警戒しておるが、外交施策と相俟(ま)ち目下の所、大なる不安はない。(四) 全将兵の士気極めて旺盛、一死奉公の念に燃えておる。命令一下勇往邁進、任に赴かんと期しておる、と。

 私は更に内務大臣として民心の動向、国内の取締り、外人及び外国高官の保護、非常警備等につき説明を加え、大蔵大臣よりは我が国財政金融の持久力、農林大臣よりは長期戦に至った場合の食糧の確保等につき説明がありました。原枢密院議長からは次の数項に亙り質問があり、これに対し政府及び統帥部より夫々説明したのであります。その要旨を簡単に言えば次の通りであります。

 一、米国側の軍備並びにその後の増強に対し、海戦勝利の見通しの有無──これに対し軍令部総長より米国の軍備は日々に拡張しておる。米国の艦隊はその全部の四割を大西洋に分割しておる。これは俄(にわ)かに太平洋に持ち来たることは困難である。イギリス艦隊の極東増強は或る程度予明しなければならぬ。また現に極東に来つつある。但し欧州戦の観点より大なるものは持って来ることは出来ぬであろう。米英の全力は連合軍であるという弱点を包蔵しておる。故に彼が決戦を求めて来れば勝算はある。問題は長期となる場合のことである。その見通しについては形而上下の各種要素、国家総力の如何は世界情勢の推移如何によりて決せられる処大にして今日に於て数年後の確算の有無を断ずること困雛である。(この時の説明に際しハワイ攻撃その他の攻撃の統帥事項に関する具体的の事に就いては少しも口外せず)

 二、泰国の動向とこれに対する措置──この問題については主として私が答えました。その趣意は泰国の動向は作戦の実施に伴い軍事上、外交上極めて機微なる関係にある。殊に泰に対してはイギリス政府の抜くべからざる潜勢力がある。政府及び統帥部に於ても米英に対する作戦実施に際し泰国に対しては特に慎重なる考慮を払い適切なる措置を講じたい。近時同国と帝国との間には緊密なる関係が増進しておるから米英に対する攻撃開始に当っては平和裡にその領土を通過し得るの自信がある。

 三、内地が空爆を受くるの公算及びその場合の措置如何──これに対し参謀総長より開戦の初期に於ては勿論その後に於ても緒戦の勝敗に関係することが多いが、初期会戦に勝利を得れば日本内地の空爆を受ける恐れは少いが、時日の経過によりこれを受くる恐れなしとせぬ。場合によっては米国は窃(ひそ)かにソ連に基地を求むる策に出るかも判らぬ。これは警戒を要する。この場合には内地の方は益々戒心を必要とする。軍としては開戦と共に或る程度の応急手段により対空警戒の措置を為す企画をもっている。しかしながら作戦軍の方に防空戦力の増強を要するが故に当初は十分なる配置を為すことは出来ぬ。戦争の経過と共に逐次増強せられるであろう。最後に原枢密院議長より総括的に次の如き意見の開陳がありました。

 一、米国の態度は帝国としては忍ぶべからざるものである。この上、手をつくすも無駄なるべし。従って開戦は致し方なかるべし。

 二、当初の勝利は疑いなしと思う。唯、長期戦の場合、民心の安定を得ること、また長期化は止むを得ずとするもこれを克服して、早期に解決せられたし、これについては政府に於て十分なる努力を望む。

 三、戦争長期となれば国の内部崩壊の危険なしとせず、政府としては十分に注意せられたし。

 これに対し私は次のように答えました。

 戦争のため万般の措置につき御意見の点は十分に注意する。また今後の戦争を早期に解決することについても十分努力する。この決意後と雖も開戦に至るまでの間に米国が日本の要求を容れることによって問題の打開が出来れば何時にても作戦行動を中止するとの統帥部との了解の下に進んで来ておる。長期戦の場合の人心安定秩序維持、国内より来る動揺の阻止、外国よりの謀略の防止については十分に注意する。皇国隆替の劈頭に立ち我々の責任これより大なるはない。一度開戦御決意になる以上、今後一層奉公の誠を尽し政府統帥部一致し、施策を周密にし、挙国一体必勝の確信を持し、あくまでも全力を傾倒し速やかに戦争目的を完遂し以て聖慮に答え奉りたき決心である、と。

 斯くてこの提案は承認せられたのであります。

 この会議に於ては陛下は何も御発言あらせられませんでした。 

 一一六、この会議に先立ち、内閣に於ては同日午前九時より臨時閣議を開き事前にこの案を審議し政府として本案に大体異存なしとして御前会議に出席したのでありますから、この会議をもって閣議決定と観たのであります。統帥都に於ては各々その責任に於て更に必要な手続きをとったのであります。

 一一七、以上の手続きにより決定したる国策については、内閣及び統帥部の輔弼及び輔翼の責任者に於てその全責任を負うべきものでありまして、天皇陛下に御責任はありませぬ。この点に関しては私は既に一部分供述いたしましたが、天皇陛下の御立場に関しては寸毫の誤解を生ずるの余地なからしむるため、ここに更に詳説いたします。これは私に取りて真に重要な事柄であります。

 (一) 天皇陛下が内閣の組織を命ぜらるるに当っては必ず往時は元老の推挙により、後年殊に本訴訟に関係ある時期に於ては重臣の推薦及び常侍輔弼の責任者たる内大臣の進言によられたのでありまして、天皇陛下がこれ等の者の推薦及び進言を却げ、他の自己の欲せらるる者に組閣を命ぜられたというが如き前例は未だ曾てありませぬ。また統帥部の輔翼者 (複数) の任命に於ても、既に長期間の慣例となった方法に依拠せられたものであります。即ち例えば、陸軍に在りては三長官 (即ち陸軍大臣、参謀総長、教育総監) の意見の合致により、陸軍大臣の輔弼の責任に於て御裁可を仰ぎ決定を見るのであります。海軍のそれに於てもまた同様であります。この場合に於ても天皇陛下が右の手続きによる上奏を排して他を任命せられた実例は記憶いたしませぬ。以上は明治、大正、昭和を通しての永い間に確立した慣行であります。

 (二) 国政に関する事項は必ず右手続きで成立した内閣及び統帥部の補弼輔翼によって行われるのであります。これ等の助言によらずして陛下が独自の考えで国政または統帥に関する行動を遊ばされる事はありませぬ。この点は旧憲法にもその明文があります。その上に更に慣行として、内閣及び統帥部の責任を以て為したる最後的決定に対しては天皇陛下は拒否権は御行使遊ばされぬという事になって来ました。

 (三) 時に天皇陛下が御希望または御注意を表明せらるる事もありますが、しかもこれ等御注意や御希望はすべて常侍輔弼の責任者たる内大臣の進言によって行われたことは某被告の当法廷に於ける説明により立証せられた通りであります。しかもその御希望や御注意等も、これを拝した政治上の軸弼者 (複数)、統帥上の輔翼者 (複数) が更に自己の責任に於てこれを検討し、その当否を定め、再び進言するものでありまして、この場合常に前申す通りの慣例により御栽可を得ております。私は天皇陛下がこの場合、これを拒否せられた事例を御承知いたしませぬ。

 これを要するに天皇は自己の自由の意思を以て内閣及び統帥部の組織を命ぜられませぬ。内閣及び統帥部の進言は拒否せらるることはありませぬ。天皇陛下の御希望は内大臣の助言によります。しかもこの御希望が表明せられました時に於てもこれを内閣及び統帥部に於てその責任に於て審議し上奏します。この上奏は拒否せらるることはありませぬ。これが戦争史上空前の重大危機に於ける天皇陛下の御立場であられたのであります。

 現実の慣行が以上の如くでありますから、政治的、外交的及び軍事上の事項決定の責任は全然内閣及び統帥部にあるのであります。それ故に一九四一年 (昭和十六年) 十二月一日開戦の決定の責任もまた内閣閣員及び統帥部の者の責任でありまして絶対的に陛下の御責任ではありません。

 

東条英機宣誓供述書 - 国立国会図書館デジタルコレクション