2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧
6. Sabhiya Sutta サビヤ (サビヤの経) sutta: n. [Sk. sūtra<siv] 経, 契経, 修多羅[九分教の一]; 戒経, 戒本 [=pāṭimokkha]; 糸, 繩墨 √siv(u): 縫い合わせる, 集める Evaṃ me sutaṃ. 斯く 我が 所聞は (我が聞ける所は斯くの如し。) わたくしが聞いたと…
不起訴決定宣布大会 二回に亘って四十五名の戦争犯罪人を処罰すると共に、六、七、 八月の三回にわけて他の抑留者は不起処分にし釈放帰国せしめた。 不起訴の宣布式は撫順市の市役所の講堂で荘厳に行われた。二階の傍聴席には一般市民がぎっしり詰っていた。…
裁判始まる 全国主要都市の見学は、三回に分けて行われた。 私は第二回の見学団に加わった。私共が見学に行っていた四月二十五日中国政府は中国人民代表大会常務委員会の決定である日本人戦犯の処理要綱を発表した。これによると犯罪の重大な一部の者に対し…
Evaṃ vutte Māgho māṇavo bhagavantaṃ 斯く 言はれたる マーガは 若僧は 世尊に etadavoca: 是を/言ひけり (斯く言はれたるに於て若僧(にゃくそう)マーガは世尊に斯く言ひけり。) このように説かれたときに、マーガ青年は師にいった、 evaṃ: adv. かく, かくの…
全国主要都市見学 撫順の見学に続いて、五月には全国主要都市を特別仕立の寝台車で移動し、二十五日間にわたり哈爾浜(ハルビン)・長春 (元の新京)・鞍山・天津・上海・漢口・北京の各都市を見学させてくれた。汽車の車両は三等列車 (もっとも中国では、車両…
瀋陽・撫順見学 昭和三十一年二月中旬頃まで全抑留者に三回に分けて瀋陽・撫順の二郡市を見学させくてれた。 瀋陽では機械製作工場・農科大学・体育館・農業協同組合・公私合営パルプ製作所・百貨店、撫順では撫順炭坑・石炭液化工場・養老院を見せてくれた…
508. "Ko sujjhati muccati bajjhatī ca, 誰か 清まる 放たる 捕はる 又 ken'attanā gacchati brahma-lokaṃ, 何を以てか/我を以て 行く 梵天界に ajānato me muni brūhi puṭṭho, 無知故 我に 牟尼は 言ひ給へ 問はれたる bhagavā hi me sakkhi brahm'ajja di…
鳩山内閣に蘇連や中共と国交回復が出来るか 佐官グループにこのような批判会=吊し上げをやらせたのにはわけがあったのである。兵隊さんのグルーブは犯罪の取調べが済んだ頃から皆風に靡(なび)くように先方の思うように、共産主義者のいうような事を言ってい…
505. Yo yāca-yogo dāna-pati gahaṭṭho, 所の 乞求に応ぜる 施主 在家者 iti Māgho māṇavo, と マーガは 若僧は puññ'atthiko yajati puñña-pekkho 功徳を求むる 祀る 功徳を望める dadaṃ paresaṃ idha anna-pānaṃ, 与ふる間 他に 此界に 飲食を akkhāhi me bh…
民主委員会 ── 自発的思想改造のカモフラージュ 取調べも済み前述のように軍国主義思想批判以下四つのテーマの学習討論も終り、日本から手紙や小包も来るし帰国は愈々(いよいよ)近づいたという感じがした。 ところが、昭和三十年の四月頃学習を自治的にやる…
監獄はよく本が読める 中共では労働をせず、政治学習に六年の歳月を費やしたわけである。強制せられて学習するのは嫌だが、自分の好きな本を読んだり語学の勉強をするには監獄というところはよいところである。日本の監獄と違ってこちらの好む本を入手する事…
政治教育の本格化 取調が一段落した昭和二十四年の七月頃から本格的に政治教育が始まった。それまでにも前に述べたように哈爾浜(ハルビン)監獄におった当時、レーニンの帝国主義論の講義があることはあったが、それまでは主として各自思い思いの左翼文献を読…
502. Ye h'ettha jānanti yathā-tathā idaṃ: 所の 実に/此処に 知る 如実に 是を ‘ayamantimā, n'atthi punabbhavo' ti, 是は/最後の 否/ある 再生が と kālena tesu havyaṃ pavecche, 応時を以て 其等に 供物を 捧ぐべし yo brāhmaṇo puñña-pekkho yajetha.…
つるしあげ これも三反四反運動の時行われた方法を応用した犯罪検挙の方法である。私はこの「つるしあげ」による犯罪検挙の方法には掛らなかったが仲間の話を聞いてこれを知ることが出来た。この方法は主として兵隊組に採られた。兵隊組に対しては取調は余り…
坦白大会 坦白(タンパイ)大会というのは、中国の革命当時反革命鎮圧のために使われ、革命成就の後には一九五三年 (昭和二十八年) 頃中国全土を席巻した三反五反運動の時用いられた中共の新しい犯罪検挙の方法である。 集会に於て大衆の前に立って、自ら犯罪…
499. Samitāvino vīta-rāgā akopā, 寂静なる 離貪の 忿なき yesaṃ gatī n'atthi idha vippahāya, 所の 趣の 否/ある 此界に 捨てて kālena tesu havyaṃ pavecche, 応時を以て 其等に 供物を 捧ぐべし yo brāhmaṇo puñña-pekkho yajetha. 所の 婆羅門が 功徳…
496. Yesaṃ taṇhā n'atthi kuhiñci loke 所の 渇欲が 否/ある 何処でも 世で bhavābhavāya idha vā huraṃ vā, 有と非有に 此世に 或は 他世に 或は kālena tesu havyaṃ pavecche, 応時を以て 其等に 供物を 捧ぐべし yo brāhmaṇo puñña-pekkho yajetha. 所の…
取調真際中の御馳走と中共の所謂「人道主義的待遇」 中共に於ける給与は、蘇連のそれと比較すると問題にならない位よかった。蘇連の待遇は酷薄を極めたもので、一日三百五十瓦(グラム)のパンと正味一合位の粟や麦をお粥にして食わせ、ペコペコの腹で土工・鉄…