10. Āḷavaka Sutta アーラヴァカという神霊 (曠野(あらの)に住む者の経)
āḷavaka: =āṭavika, aṭavika a. 林住の, 曠野に住む, 阿羅婆迦, 曠野の
sutta: [Sk. sūtra<siv] 経, 契経, 修多羅[九分教の一]; 戒経, 戒本 [=pāṭimokkha]; 糸, 繩墨
√siv(u): 縫い合わせる, 集める
Evaṃ me sutaṃ:
斯く 我が 所聞は
(我が聞ける所は斯くの如し。)
わたくしが聞いたところによると、──
evaṃ: adv. かく, かくの如く
me: ahaṃ の gen. sg.*1
ahaṃ: pron. 私は, 私が
sutaṃ: suta の nom. sg. n.
suta: a. n. [suṇāti の pp.]*2 聞ける, 所聞, 聞, 天啓, ヴェーダ, 博聞
suṇāti: [√su, Sk. śru]*3 聞く, 聴く
Ekaṃ samayaṃ bhagavā Āḷaviyaṃ viharati Āḷavakassa
或る 時に 世尊は アーラヴィーの 住す アーラヴァカの
yakkhassa bhavane. Atha kho Āḷavako yakkho yena bhagavā
神霊の 居所に 時に 実に アーラヴァカは 神霊は の所に 世尊
ten'upasaṃkami, upasaṃkamitvā bhagavantaṃ etad avoca:
其の所に/近づきけり 近づきて 世尊に 是を 言ひけり
"nikkhama samaṇā" ti, "sādh'āvuso" ti bhagavā nikkhami,
出でよ 沙門よ と 善き哉/友よ と 世尊は 出でけり
"pavisa samaṇā" ti, "sādh'āvuso" ti bhagavā pāvisi.
入れ 沙門よ と 善き哉/友よ と 世尊は 入りけり
(或る時世尊はアーラヴィーのアーラヴァカなる神霊の居所に住す。その時神霊のアーラヴァカは世尊の所に近づきけり。世尊に近づきて斯く言ひけり。「出でよ、沙門よ」と。「善きかな、友よ」と、世尊は出でけり。「入れ、沙門よ」と。「善きかな、友よ」と世尊は入りけり。)
──あるとき尊き師(ブッダ)はアーラヴィー国のアーラヴァカという神霊(夜叉)の住居に住みたもうた。そのときアーラヴァカ神霊は師のいるところに近づいて、師にいった、「道の人よ、出てこい」と。「よろしい、友よ」といって、師は出てきた。(また神霊はいった)、「道の人よ、入れ」と。「よろしい、友よ」といって、師は入った。
ekaṃ samayaṃ: 一時, ある時
ekaṃ: adv. [eka の acc.] *4 或る
eka: a. num. 一, 一つ, 或る
samayaṃ: adv. [samaya の acc.]*5 時に
samaya: m. [saṃ*6-i-a*7] 時, 時期, 適時
saṃ-: =sam- pref. 共に, 沿って, 充分に, 完全に. 強意*8
√i: 行く, 得達する
-a: 名詞・形容詞を形成する*9
bhagavā: bhagavat の nom. sg.*10
bhagavat: =bhagavant m. [bhaga-vat] 世尊, 薄伽梵, 仏
bhaga: m. [bhaj*11-a] 幸運, 福運
√bhaj(a): 尊崇, 崇拝, 敬慕
-vat: =vant 所有形容詞を形成する*12
Āḷaviyaṃ: Āḷavī の loc. sg.*13
viharati: [vi-har] 住す, 居住す
vi-: 語根の意味を強調する*14
√har(a): ある, 存在す
Āḷavakassa: Āḷavaka の gen. sg. m.
yakkhassa: yakkha の gen. sg.
yakkha: m. 夜叉, 薬叉, 鬼神; 人
bhavane: bhavana の loc. sg.
bhavana: n. [bhū-ana*15] 住処, 都城, 領域, 世界
√bhū: ある, 存す
-ana: 名詞・形容詞を形成する*16
atha kho: そこで, 時に, さて
atha: =atho ind. 時に, また
kho: adv. 実に
Āḷavako: Āḷavaka の nom. sg. m.
yakkho: yakkha の nom. sg.
yena: adv. [ya の instr.*17]*18 それをもって, そこから, ~の所に
ya: pron. rel. 所のもの
ten'upasaṃkami: tena*19 + upasaṃkami
tena: ta の instr. sg. m.*20 それによって, それ故に, それと共に
ta: pron. それ
upasaṃkami: upasaṃkamati の aor.*21
upasaṃkamati: upa- + saṃ- + kamati
upa-: pref. ~に, ~に向かって, 近くに, ~と一緒に, ~のそばで, ~のように, ~まで, (apa と逆に)下に, 少なく*22
kamati: [√kam(u)] 歩く, 行く, 来る, 入る, 影響す
upasaṃkamitvā: upasaṃkamati の ger.*23
bhagavantaṃ: bhagavant の acc. sg.
bhagavant: =bhagavat
etad: eta の acc. sg. n.*24
eta: pron. a. これ, それ
avoca: vatti の aor.*25
vatti: [√vac(a)]*26 言う, 語る, 説く
nikkhama: nikkhamati の imper. 2sg.*27
nikkhamati: [ni-kam*28] 出る, 出離す, 出家す
ni-: 外に, 前へ, 下に, 中に, 下方に, 中で, 下で*29
√kam(u): [Sk. kram] 行く, 歩く, 乗り越える, 克服する
samaṇā: =samaṇa*30 voc. sg.
samaṇa: m. [sam-ana] 沙門
√sam(u): [Sk. śram] 勤息
ti: ind. [iti の略] と, かく
sādh'āvuso: sādhu*31 + āvuso
sādhu: a. adv. interj. [sādh-u] 善き, 善良の, 善人, 善く; 善い哉, 善哉, 何卒, どうぞ, 幸甚なり
√sādh(a): 成功, 達成
-u: 名詞・形容詞を形成する*32
āvuso: 友よ
nikkhami: nikkhamati の aor. sg.*33
pavisa: pavisati の imper. 2sg.*34
pavisati: [pa-vis] 入る
pa-: pref. 前に, 先に, 強意. 始動を意味する*35
√vis(a): [Sk. viś] 入る
pāvisi: pavisati の aor.*36
Dutiyampi kho Āḷavako yakkho bhagavantaṃ etad avoca:
再び/又 実に アーラヴァカは 神霊は 世尊に 是を 言ひけり
"nikkhama samaṇā" ti, "sādh'āvuso" ti bhagavā nikkhami,
出でよ 沙門よ と 善き哉/友よ と 世尊は 出でけり
"pavisa samaṇā" ti, "sādh'āvuso" ti bhagavā pāvisi.
入れ 沙門よ と 善き哉/友よ と 世尊は 入りけり
Tatiyampi kho Āḷavako yakkho bhagavantaṃ etad avoca:
三たび 実に アーラヴァカは 神霊は 世尊に 是を 言ひけり
"nikkhama samaṇā" ti, "sādh'āvuso" ti bhagavā nikkhami,
出でよ 沙門よ と 善き哉/友よ と 世尊は 出でけり
"pavisa samaṇā" ti, "sādh'āvuso" ti bhagavā pāvisi.
入れ 沙門よ と 善き哉/友よ と 世尊は 入りけり
Catutthampi kho Āḷavako yakkho bhagavantaṃ etad avoca:
四たび 実に アーラヴァカは 神霊は 世尊に 是を 言ひけり
"nikkhama samaṇā" ti. "Na khvāhaṃ taṃ āvuso nikkhamissāmi,
出でよ 沙門よ と 否 実に/我は 其は 友よ 出づ
yaṃ te karaṇīyaṃ taṃ karohī" ti.
所の 汝の 為すべきを 其を 為せ と
(実に再び神霊のアーラヴァカは世尊に斯く言ひけり。「出でよ、沙門よ」と。「善きかな、友よ」と世尊は出でけり。「入れ、沙門よ」と。「善きかな、友よ」と世尊は入りけり。実に三たび神霊のアーラヴァカは世尊に斯く言ひけり。「出でよ、沙門よ」と。「善きかな、友よ」と世尊は出でけり。「入れ、沙門よ」と。「善きかな、友よ」と世尊は入りけり。実に四たび神霊のアーラヴァカは世尊に斯く言ひけり。「出でよ、沙門よ」と。「友よ、実にこの我は出づること無し。汝のその為すべきことを為せ」と。)
再びアーラヴァカ神霊は師にいった、「道の人よ、出てこい」と。「よろしい、友よ」といって師は出て行った。(また神霊はいった)、「道の人よ、入れ」と。「よろしい、友よ」といって師は入った。三たびまたアーラヴァカ神霊は師にいった、「道の人よ、出てこい」と。「よろしい、友よ」といって師は出てきた。(また神霊はいった)、「道の人よ、入れ」と。「よろしい、友よ」といって師は入った。四たびまたアーラヴァカ神霊は師にいった、「道の人よ、出てこい」と。(師は答えた)、「では、私はもう出て行きません、汝のなすべきことをなさい」と。
dutiyampi: dutiyaṃ*37 + pi
dutiyaṃ: adv. [dutiya の acc.]*38 第二に
dutiya: num. a. m. 第二, 第二者, 伴侶, 同伴者
pi: =api adv. conj. も, 亦, いえども, けれども, たとい~でも
tatiyampi: tatiyaṃ*39 + pi
tatiyaṃ: adv. [tatiya の acc.]*40 第三に
tatiya: num. a. 第三の
catutthampi: catutthaṃ*41 + pi
catutthaṃ: adv. [catuttha の acc.]*42 第四に
catuttha: a. 第四の
na: adv. なし
khvāhaṃ: kho + ahaṃ*43
taṃ: ta の nom. sg. n.*44
nikkhamissāmi: nikkhamati の fut. 1sg.*45
yaṃ: ya の acc. sg. m.*46
te: tvaṃ の gen. sg.*47
tvaṃ: 汝, 君
karaṇīyaṃ: karaṇīya の acc. sg.
karaṇīya: a. n. [karoti の grd.]*48 作さるベき, 所作, 義務, 必須
karoti: [√kar(a), Sk. kṛ]*49 なす, 行う, 作る
karohī: =karohi*50
karohi: karoti の imper. 2sg.*51
"Pañhaṃ taṃ samaṇa pucchissāmi, sace me na vyākarissasi,
問を 其を 沙門よ 問ふ もし 我が 否 答ふ
cittaṃ vā te khipissāmi hadayaṃ vā te phālessāmi pādesu
心を 或は 汝の 乱す 心臓を 或は 汝の 裂く 両足を
vā gahetvā pāra-Gaṅgāya khipissāmī" ti.
或は 取りて ガンジス河の彼岸へ 投ぐ と
(沙門よ、我はこの問を問ふ。もし我が問に答ふこと無くば、或ひは汝の心を乱し、或ひは汝の心臓を裂き、或ひは両足を取りてガンジス河の彼岸へ投ぐ」と。
(神霊がいった)、「道の人よ、私は汝に質問しよう。もしも汝が私に回答できないならば、汝の心を乱し、汝の心臓を裂き、汝の両足をとらえてガンジス河の向こうの岸に投げつけよう。」
pañhaṃ: pañha の acc. sg.
pañha: m. 問, 質問
pucchissāmi: pucchati の fut. 1sg.*52
pucchati: [√pucch(a), Sk. prach] 問う, 質問す, たずねる; 与える
sace: conj. もし
vyākarissasi: vyākaroti の fut. 2sg.*53
vyākaroti: [vi*54-ā-karoti] 解説す, 解答す, 記説す, 運命を説く, 予言す
ā-: pref. へ, で, に向かって, の近くに, までに, の限り, から離れて, じゅうに*55
cittaṃ: citta の acc. sg.
citta: n. [<cit] 心
√cit(a): 思考, 認識, 知性, 理解, 心, 魂
vā: adv. conj. または, 或は
khipissāmi: khipati の fut. 1sg.*56
khipati: [√khip(a), Sk. kṣip] 投ぐ, 捨つ, 混乱さす
hadayaṃ: hadaya の acc. sg.
hadaya: m. 心, 心臓
phālessāmi: phāleti の fut. 1sg.*57
phāleti: [phalati の caus.]*58 裂く, 破る, 切る
phalati: =phallati [√phal] 破れる, 裂ける; 熟す, 結実す
pādesu: pāda の loc. pl.
pāda: m. [pad*59-a] 足; 麓, ふもと; 貨弊の単位 [1/4 カハーパナ, 5 マーサカ]
√pad(a): 行く, 動く, 近づく, 得る, 道
gahetvā: gaṇhāti の ger.*60
gaṇhāti: =gaṇhati [√gah(a), Sk. grah]*61 取る, 捕える
pāra-gaṅgāya: pāra-gaṅgā の loc. sg.*62
pāra: n. a. [para*63-a] 彼岸, 彼方, 他の
para: a. 他の, 彼方の, 上の
Gaṅgā: f. ガンジス河, 恒伽, 恒河
"Na khvāhaṃ taṃ āvuso passāmi sadevake loke samārake
否 実に/我は 其は 友よ 見る 天と共なる 世で 魔と共なる
sabrahmake sassamaṇa-brāhmaṇiyā pajāya sadeva-manussāya,
梵天と共なる 沙門と婆羅門女と共なる 人々の 神々と人間と共なる
yo me cittaṃ vā khipeyya hadayaṃ vā phāleyya pādesu vā
所の 我が 心を 或は 乱すべかる 心臓を 或は 裂くべかる 両足を 或は
gahetvā pāra-Gaṅgāya khipeyya, api ca tvaṃ āvuso puccha
取りて ガンジス河の彼岸へ 投ぐべかる 更に復た 汝は 友よ 問へ
yad ākaṃkhasī" ti. Atha kho Āḷavako yakkho bhagavantaṃ
所の 欲する と 時に 実に アーラヴァカは 神霊は 世尊に
gāthāya ajjhabhāsi:
偈を以て 言ひかけけり
(友よ、その我は実に、天・魔・梵天と共なる、沙門と婆羅門女と共なる、人々の、神々と人間と共なる世に於て、或ひは我が心を乱し、或ひは我が心臓を裂き、或ひは我が両足を取りてガンジス川の彼岸へ投ぐべかる者を見ること無し。友よ、汝は更にまた欲する所の問を問へ」と。そこで神霊のアーラヴァカは世尊に偈を以て言ひかけけり。)
(師は答えた)、「友よ。神々・悪魔・梵天を含む世界において、道の人・バラモン・神々・人間を含む生けるものどものうちで、わが心を乱し、わが心臓を裂き、わが両足をとらえてガンジス河の向こうの岸に投げつけ得るような人を、実にわたしは見出さない。友よ。汝が聞きたいと欲することを、何でも聞け」と。そこでアーラヴァカ神霊は、師に次の詩をもって呼びかけた。──
passāmi: passati の 1sg.*64
passati: [√pas(a), Sk. paś]*65 見る; 見出す, 知る
sadevake: sadevaka の loc. sg. m.
sadevaka: a. [sa-deva-ka] 天と共なる
sa: =saha prep. 共に, 有する, 同じ
deva: m. [div*66-a] 天, 神, 王. 天皇, 陛下
-ka: 名詞・形容詞を形成する*67
samārake: samāraka の loc. sg. m.
samāraka: a. [sa-māra-ka] 悪魔と共なる, 悪魔を含めたる
māra: m. [mar*68-a] 魔, 悪魔, 魔羅, 魔王, 死神
√mar(a): [Sk. mṛ] 死ぬ, 殺す
sabrahmake: sabrahmaka の loc. sg. m.
sabrahmaka: a. [sa-brahmā*69-ka] 梵天と共なる
brahmā: m. a. 梵, 梵天, 梵王; 梵=如来; 梵者, 婆羅門; 尊貴の, 神聖の
sassamaṇa-brāhmaṇiyā: sassamaṇa-brāhmaṇī の loc. sg.*70
sassamaṇa: sa + samaṇa*71
brāhmaṇī: f. [brāhmaṇa*72-ī] 婆羅門女
brāhmaṇa: m. 婆羅門, 婆羅門族
-ī: 女性名詞を形成する*73
pajāya: pajā の loc. sg.
pajā: f. [pa-ja*74-ā] 人々
√ja: 生れる
-ā: 女性名詞を形成する*75
sadeva-manussāya: sadeva-manussā の loc. sg.
sadeva: sa + deva
manussā: manussa の f.
manussa: m. 人, 人間
yo: ya の nom. sg. m.*76
ya: pron. rel. 所のもの
khipeyya: khipati の opt. sg.*77
phāleyya: phāleti の opt. sg.*78
khipeyya: khipati の opt. sg.*79
api ca: 更にまた
api: adv. conj. も, 亦, いえども, けれども, たとい~でも
ca: conj. と, そして, また
puccha: pucchati の imper. 2sg.*80
tvaṃ: nom. sg.
yad: ya の nom. sg. n.*81
ākaṅkhasī: =ākaṃkhasi*82
ākaṅkhasi: ākaṅkhati の 2sg.*83
ākaṅkhati: [ā-kakh]*84 希望す, 意欲す, 願う
√kakh(i): 望み, 願い, 欲求
gāthāya: gāthā の instr. sg.*85
gāthā: f. [gā-thā] 偈, 偈頌, 伽陀, 偈経
√gā: 称える, 歌う
-thā: -tha の女性形. 名詞を形成する*86
ajjhabhāsi: [adhi*87-abhāsi*88] adhibhāsati の aor.
adhibhāsati: [adhi-bhāsati] 話しかける,語る
adhi-: pref. 上に, ついて, 増上*89
bhāsati: [√bhās(u), Sk. bhāṣ] 話す, 語る, 言う; 照る, 輝く