326.
Idaṃ pure cittamacāri cārikaṃ,
この 以前には 心は/行へり 徘徊を
yen'icchakaṃ yattha-kāmaṃ yathā-sukhaṃ,
欲せるそのままに 欲楽の趣く所へ 快きが如くに
tadajj'ahaṃ niggahessāmi yoniso,
それを/今/我は 抑ふ也 根元より
hatthippabhinnaṃ viya aṅkusaggaho.
さかりのつきし象を の如く 象師が
(この心は以前にはさすらへり。欲するがまま、欲楽の趣く所へ、快きが如くに。それを今我は根元より抑ふなり。さかりのつきし象を鉤(かぎ)を持つ象師が抑ふる如く。)
この心は、以前には、望むがままに、欲するがままに、快きがままに、さすらっていた。今やわたくしはその心をすっかり抑制しよう、──象使いが鉤をもって、発情期に狂う象を全くおさえつけるように。
idaṃ: ayaṃ の nom. sg. n.*1
ayaṃ: pron. これ, この
pure: adv. prep. [pura の loc.]*2 前に, 過去に
pura: a. 前の, 前方の
cittamacāri: cittaṃ*3 + acāri
cittaṃ: citta の nom. sg.
citta: n. [<cit] 心
√cit(a): 思考, 認識, 知性, 理解, 心, 魂
acāri: carati の aor.*4
carati: [√car(a)] 行く, 行ず, 歩く
cārikaṃ: cārika の acc. sg.
cārika: =cāraka, cāraṇa a. m. n. [car*5-ika] 旅行, 遊行, 徘徊
-ika: 名詞・形容詞を形成する*6
yen'icchakaṃ: yena*7 + icchakaṃ
yena: ya の ins.*8 それをもって, そこから, ~の所に
ya: pron. rel. 所のもの
icchakaṃ: adv. [icchaka の acc.]*9 欲せるままに
icchaka: a. [icchā*10-ka] 欲せる
icchā: f. [<√is(a)]*11 欲求, 希求
-ka: 動作主名詞・形容詞を形成する*12
yattha-kāmaṃ: すきな所へ
yattha: adv. [ya-tha]*13 所のその場所へ, ~の所へ
-tha: 場所を表す副詞を形成する*14
kāmaṃ: adv. [kāma の acc.]*15 むしろ, 勝手に
kāma: m. n. [kam*16-a] 欲, 愛欲, 欲念, 欲情, 欲楽
√kam(u): 欲す, 楽しむ
-a: 名詞・形容詞を形成する*17
yathā-sukhaṃ: 気楽に
yathā: adv. [ya-thā] ~の如くに, ~の如し
-thā: 副詞を形成する*18
sukhaṃ: adv. [sukha の acc.]*19 快く
sukha: a. n. [sukh-a] 楽, 安楽, 幸福
√sukh(a): 幸福にする, 喜ばせる
tadajj'ahaṃ: ta*20 + ajja*21 + ahaṃ
ta: pron. それ
ajja: adv. [Sk. adya] 今日, 現在
ahaṃ: pron. 私は, 私が nom. sg.*22
niggahessāmi: niggaṇhāti の fut. 1sg.*23
niggaṇhāti: [ni-gaṇhāti*24] 抑止す, 折伏す, 叱責す
ni-: 外に, 前へ, 下に, 中に, 下方に, 中で, 下で *25
gaṇhāti: =gaṇhati [√gah(a), Sk. grah]*26 取る, 捕える
yoniso: adv. [yoni の abl.]*27 根源より, 根本的に, 如理に
yoni: f. 胎, 子宮, 生; 起源, 原因
hatthippabhinnaṃ: hatthippabhinna の acc. sg.
hatthippabhinna: hatthi + pabhinna*28
hatthi: =hatthin m. [hattha*29-in] 手ある, 象, 牡象
hattha: [har-ta*30] m. 手, 手掌; 肘 [長さの単位]
√har(a): [Sk. hṛ] 取る
-ta: 名詞を形成する*31
pabhinna: a. [pabhindati の pp.]*32 破壊せる, 開花せる, さかりのついた, 発展せる
pabhindati: [pa-bhindati] 破壞する, 破る
pa-: pref. 前に, 先に, 強意. 始動を意味する*33
bhindati: [√bhid(i)]*34 破る, 破壊す
viya: adv. ~の如く
aṅkusaggaho: aṅkusaggaha の nom. sg.
aṅkusaggaha: [aṅkusa-gaha*35] 象師
aṅkusa: m. 鉤
gaha: m. [gah-a] 持つ者
√gah(a): [Sk. gṛh, graha] 取, 執
327.
Appamāda-ratā hotha, sacittamanurakkhatha,
不放逸を楽しめる者 たれ 己の心を/御せ
duggā uddharath'attānaṃ, paṅke sanno'va kuñjaro.
難処より 引き上げよ/己を 泥に 没せる/如く 象が
(不放逸を楽しめる者らたれ。己れの心を御せ。難処より己れを引き上げよ。泥に没せる象のする如く。)
つとめはげむのを楽しめ。おのれの心を護れ。自己を難処から救い出せ。──泥沼に落ちこんだ象のように。
appamāda-ratā: appamāda-rata の nom. pl. m.
appamāda: m. [a-pamāda]*36 不放逸
a-: pref. 否定を示す. 無, 非, 不
pamāda: m. [pa-mad*37-a] 放逸
√mad(a): 迷妄, 等閑, 忘却
rata: a. [ramati の pp. ]*38 楽しめる, 愛好せる
ramati: [√ram(u)] 楽しむ, 喜ぶ
hotha: hoti の imp. 2pl.*39
hoti: =bhavati [√hū] ある, 存在する*40
sacittamanurakkhatha: sacittaṃ*41 + anurakkhatha
sacittaṃ: sacitta の acc. sg.
sacitta: n. [sa-citta] 自心
sa: pron. 自己, 自ら
anurakkhatha: anurakkhati の imp. 2pl.*42
anurakkhati: [anu-rakkhati] 守る, 守護する, 保護する
anu-: pref. ~にちなんで, に沿って, にしたがって, の近くで, の後ろで, ~より少なく, ~の結果, ~の下で*43
rakkhati: [√rakkh(a)] 護る, 守る, 守護す
√rakkh(a): [Sk. rakṣ] 守護, 制御, 統治, 回避, 注意
duggā: dugga の abl. sg.
dugga: m. n. a. [du-ga*44] 難路, 嶮路, 行き難き
du-: pref. 悪き, 難き
-ga: 主に形容詞を形成する*45
uddharath'attānaṃ: uddharatha*46 + attānaṃ
uddharatha: uddharati の imp. 2pl.*47
uddharati: [ud-dharati] 揚げる, 上げる, 取り除く, 引き抜く
ud-: pref. 上方に, 上に, 昇って, 前へ*48
dharati: [√dhar(a), Sk. dhṛ] 保持す, 持続す, 存続す
attānaṃ: attan の acc. sg.*49
paṅke: paṅka の loc. sg.
paṅka: m. 泥, 汚泥, 泥土, 泥地
sanno'va: sanno + iva*50
sanno: sanna の nom. sg. m.
sanna: a. [sīdati の pp.]*51 沈んだ, 没せる
sīdati: [√sad, Sk. śad]*52 沈む, 没す
iva: indecl. 如く
kuñjaro: kuñjara の nom. sg.
kuñjara: m. 象